エンタメをこよなく愛す編集者・鈴木梢のコラム連載、第三回は芸人・街裏ぴんくについて。初めて筆者が漫談を見た日から、2024年3月のR-1グランプリ優勝まで。これはどこまでが現実で、どこからが夢なのか……

夢を見ているのかと思ったときがある。それは街裏ぴんくが『R-1グランプリ2024』で優勝した瞬間と、街裏ぴんくの漫談を初めて観た日。

2年前のいまごろ、私は高円寺にいた。街裏ぴんくの「第十一回 漫談独演会『戻れ、みんな待ってる』」を観るために、座・高円寺2にいた。彼を観るのは、この日が初めてだった。

単独ライブではなく、独演会。ステージにはなんのセットもなく、サンパチマイクが1本立っているだけ。席に着いて開始を待っていると、スーツ姿に蝶ネクタイをした大柄な男がステージに登場した。

そこから約2時間、男はノンストップでしゃべり続けた。

初めて生で観るまでなんの情報も入れたくなかったので、何も知らない私は、最初は何が起きたのか分からなかった。『R-1グランプリ2024』で初めて彼の漫談を聞いた人も同じ感覚になったと思う。あくまで自分の記憶として語り始め、それが嘘とも本当とも言わないため、しばらくは困惑してしまう。

しかし、独演会こそが街裏ぴんくの真骨頂である。

眠っているときにみる夢を思い出してみてほしい。登場人物や場面が唐突に変わって、それが妙にシームレスに続いていくことがないだろうか。何かに巻き込まれている、という感覚に近いかもしれない。

街裏ぴんくの長尺漫談は、まさに夢そのもの。彼の過去の出来事(としていること)をいまも目の前で起きているかのように克明に語り始めたかと思うと、いつの間にか違う出来事の話をしている。でもそこに違和感はない。

その日の独演会は、街裏ぴんくが居合わせた撮影所から子役が逃げ出してしまったところから話が始まった。

子役を追いかけようとするが、次の仕事の時間がきてしまう。仕方がないので仕事へ向かうと、その仕事内容が奇妙なもので、スタッフも奇妙な人物。仕事を終え、気を取り直してまた子役を追いかけようとするが、その道中で不思議な光景が目に飛び込み……といったように、あくまでひと続きの記憶として語られるのである。

何より不思議なのは、聞いている側が、その記憶を追体験しているような感覚になること。彼の漫談は「ファンタジー漫談」、つまり全て嘘の話なのに、なぜかその話術で克明に語られると、彼が見た景色がありありと目の前に浮かんでくる。なんのセットも、もちろん映像もないのに、漫談を聞いている私の目の前には、はっきりと彼の記憶の景色が見える。

彼の記憶に飛び込み、夢中になるまでに時間はかからない。一度飛び込んでしまえば、次はどんな景色を見せてくれるのかとワクワクして、気づけば虜になっているはずだ。これを読んでいる人はぜひ、独演会に足を運んでみてほしい。

私は初めての独演会を観て以来、予定が合えばまた独演会に足を運び、最近であれば演劇にも出演していたので、それにも足を運んだ。もちろん数分の漫談でも面白いのだが、彼が見せてくれるいろんな世界を見たくなったのだ。

特に去年印象的だったのは、ミュージシャン・澤部渡のソロプロジェクトであるスカートと、街裏ぴんくのツーマンライブ「VALE TUDO QUATRO」。ちなみに澤部は街裏の熱烈なファンでもある。

ステージの中央に設置されたのは、喫茶店の中にある二人掛けのテーブル席のようなもの。そこに街裏と澤部が訪れ、どうやらこのライブの打ち合わせを始めるらしい。

二人はその席で「ツーマンライブでは、こんなことができたらいいですね」といった構想を語り合う。その途中で暗転したかと思うと、次の瞬間、そこで語られた構想が目の前で形になった。そう、街裏ぴんくが漫談で架空の出来事を振り返るのと同じように、このライブも架空の打ち合わせを軸に弾き語りと漫談が交互に展開されていったのだ。

街裏ぴんくと、そのファンであり彼の漫談を深く理解する澤部だからこそ実現したと思うと、目の前で巻き起こる夢のような出来事に、胸がいっぱいになってしまった。

独演会こそ街裏ぴんくの真骨頂と言ったものの、このツーマンライブのように、もっと違う世界を見せてくれることもある。一度、彼の世界に飛び込んでしまえば最後。もっと、もっとくれよ……街裏ぴんくの世界を……もっと見せてくれよ……と渇望してしまうだろう。

そうしてこの約2年、街裏ぴんくに夢中になってしまった私。今年『R-1グランプリ』の芸歴制限が撤廃され、彼が出場すると知ったときには胸が躍った。私が彼を知る前、2019年には準決勝に進出しているというのだから、決勝進出だって夢じゃない。そして2月、街裏ぴんくの決勝進出が決まった。これはもう、世間に見つかってしまうかもしれない。

そして3月9日、『R-1グランプリ2024』決勝戦。私は目を疑った。いや、信じていたけれど。トロフィーを持って祝福されている街裏ぴんくがテレビの中にいた。優勝してしまった。ピン芸の賞レースで、日本一になってしまった。

こんな夢みたいなことがあるだろうか。いやこれも、まるで夢のような彼の漫談の中の出来事なんじゃないか。

そう思っていたけど、その数時間後にエレキコミックと片桐仁によるラジオ『エレ片のケツビ!』生放送で優勝を祝われている様子を聴いて、本当に優勝したんだな……と安心して、私は眠りについたのだった。

著者プロフィール:鈴木 梢(すずき・こずえ)
1989年、千葉県市川市生まれ。出版社や編集プロダクション勤務を経て、現在はフリーランスで活動。主に日本のエンタメ/カルチャー領域の企画・執筆・編集を行う。X:@aco220

イラスト:佐久間茜
編集:ヤマグチナナコ